こんばんは。
遡ってブログ書いています。
( ´ ▽ ` )
みなさん、
ダウントン・アビー の映画、
ご存知でしょうか。
もともとはドラマから始まり、
いくつか映画化されてきましたが、
今回は「もう更新しない」、
本当に最後の撮影作品。
これまでも映画館でみてきて最後も
映画館で観たい…!
そう思っていたら、
あっという間に最終日を迎えてしまい、
なかなかレアなのか、
すべての映画館で上映されているわけでもなく。
「これはもう、行くしかない」
と、
駆け込みで行ってきました。
(`・ω・´)
結果は、
もう、予想通り。
館内は、
みんな泣いていました。
大阪でも上映館が限られていたからか、
その日はなんと満席。
同じ時間帯、
他の映画はガラガラなのに、
ここだけぎっしり。
「こんなにファンがいるんだ…」
と、
ちょっと嬉しくなりました。
年齢層も少し高めで、
長い時間ずっと
この作品を見続けてきたんだろうな、という方たち。
なんだか、
勝手に「仲間」みたいな気持ちで
映画を観ていました。
( ˘ ˘ ).。o○
※ネタバレにならないように
気をつけてお話ししまが、チラリすることもあるので映画を予定されているかたは映画をみたあと読んでください☆
やっぱりこの作品で描かれていたのは、
時代が変わっていくこと。
新しい時代へ進むとき、
自分たちが作ってきたルール。馴染んできた価値観。
それらと、
お別れをしなければならない瞬間。
そして、
自分たち自身も
新しいものへ移行しなければならないという
苦悩や葛藤。
これって、
今の時代にも
すごく重なるなと思いました。
最近だと、
YouTubeなどでも
中田のあっちゃんや、元ゴールドマンサックスの田中さん
40代後半の方たちが、
「老害にならないためにはどうしたらいいのか」
「そもそも老害って何なんだろう」
そんなテーマを
真剣に考えて話していらっしゃいますよね。
いや、本当にすごいなと思います。
私自身も、
正直どこからがダメなのか。
若い世代に対して
気をつけなきゃいけないことって何なのか。
調べたり、考えたり、
結構しています。
でも…
ついついお世話焼き言っちゃうんですよね。
(;´∀`)
明確な線引きがあるわけではないけれど、
みなさんの定義で印象的だったのは、
「時代が変わっていくことに執着してしまい、
年長者という立場や権力を使って、
曲げずに押し通してしまうこと」
それが、
一線を越えてしまう瞬間なのかもしれない、
(あっちゃんは、老いは良い/そこに害がついてはいけないと律していました)
というお話でした。
ダウントン・アビーのお父さんの立場も、
まさにそこ。
理性では、
「わかっている」。
でも、
最後の最後まで
気持ちが揺れてしまう。
その葛藤が、
とてもリアルでした。
「そうなってしまうよね…」
と、
思ってしまう自分もいました。
もし、
物理的に
もう続けられない状況なら、
それは仕方がないと受け入れられる。
でも、
元気で、
続けようと思えば続けられてしまう状態。
だからこそ、
固執してしまう。
そこが、
とても人間らしいな、と。
「お父さん、がんばれ…」
なんて、
思ってしまったり。
( ˘ ˘ ).。o○
そして、
これは私自身のテーマでもあるな、と
改めて感じました。
アッシュピンクバンビも、
きっと5年後、10年後、20年後、
色を変えていくのだと思います。
それを決めるのは、
私ではなく、ピンクの鹿のバンビさんなのか。
青い鹿のバンビさんなのか。メッセージを受け取る側の皆さまのご判断。
メッセージを必要とされなくなると
私は道を切り替える心積もりはできている気がしています。
私はただ、
必要/お役立てできる
メッセージを翻訳する人。
言語化する人。
そういう意味で、
自分のことを(良い意味です)
「人形」みたいだなと思うこともあります。
だから、主役はいつもお客様。
それは、
ずっとお伝えしていることです。
( ´ ▽ ` )ノ
でも、
この「言語化する」という役割も、
やっぱり有限で、
限りがあるものだと思っています。
それは、みんな同じ。
間違いなく、カウントダウンなんですよね。
( ˘ ˘ ).。o○
だからこそ今、
自分ができる範囲で。
健康な範囲で。
誰かのお役に立てるように、
日々、奮闘しています。
そして、皆さまと
「ファミリー」でいられるということ。
それが、
アッシュピンクバンビが
17年前に生まれてから今までの中で、
私の人生においても
本当に指折り数えるほど嬉しい出来事であり、
この成り立ち、この形です。
( ´ ▽ ` )
映画の中でも、
最初の頃は
ちょっと意地悪なおばあちゃんがいたり。
(でも、 どこか憎めない人だったりして)
執事さん、メイドさん、料理人さん、
村の人たち、運転手さん。
それぞれが
少しずつ家族になっていく。
絆がうまれて血が繋がっていなくても家族になる
元運転さんが「あなたが、人生のチャンスをくれた、恩は決してわすれない」
そう言ってくれる人がいたり。
戦争の時代を生き、
戦地で命を救われた人がいたり。
そこには、
単なる貸し借りではなくて。
同じ目線で喜び合い、
心配し合い、
助け合い、
支え合う姿がありました。
お城の中で繰り広げられる、
大きなファミリーの物語。
それが、
私がこの作品を
大好きな理由でもあります。
( ˘ ˘ ).。o○
正直に言うと、
私は大人になるまで、「家族」というものを
良いものだとは思えなかったです。
20代に入って、
そういう絆をむすべる人たちと出会っても、
最初は信じられないんですよね。
ガルガルして、傷つけて、試して(#^.^#)あるあるです。
世の中を知れば知るほど、
急に気持ちを切り替えるなんて
できないんですよね。
嬉しいことも、
ちゃんと積み重ならないと、
心には染みてこない。
どうしても、
疑心暗鬼になってしまう。
お寺の庭にある
竹のししおどしみたいに。
水が溜まって、
ある瞬間に「ポカン」と倒れるように。
それまで積み重なっていた
小さな幸せや、
優しさや、
信頼が、
一気に流れ込んできて。
「ああ…
家族って、こういうことなんだ」
「支え合うって、
こういう形なんだ」
ゼロから、
1に変わる瞬間がありました。
それはアッシュピンクバンビのお客様みなさまとの絆で知った瞬間。
( ˘ ˘ ).。o○
そこからも、
また時間はかかります。
絆の結び方を勉強したり
上手くいったり距離がわからなかったり。
そうやって、
少しずつ学んでいく。
この映画も、私にとっては
そんなことを教えてくれた
一冊の教科書のような存在でした。
血のつながりがなくても、
人と人との絆は
こんなにも深くなれる。
愛情って、
こういう表現や形があるんだ、
ということ。
愛情をあげたい人には、どうやって言葉をかけたり
何をしたらいいのかも学べました。
でも、そういった絆をむすぶことを最初から
意図的にやろうとして
アッシュピンクバンビを作ったわけではありません。
だって仕組みや在ることすら知らなかったのですから(´;ω;`)ウゥゥ
ピンクの鹿さん。
青い鹿さん。
そして、
お客様である皆さまが
望んでくださって。
私はその中の、
ただの一員。
本当に、
それだけだと思っています。
( ´ ▽ ` )
そこが、
たまらなく嬉しくて。
映画を観ながら、
「ああ…
アッシュピンクバンビの
ファミリーと、ちょっと似ているな」
なんて思ってしまって、
余計に泣いてしまいました。
もう、
会場はみんな
グズグズでしたよ。
きっとそのうち、
配信でも観られるようになると思います。
その時が来たら、
また観ようかな、なんて思っています。
ぜひ皆さんも、
配信が始まったら、
観てみてください。
そして、
一緒に泣いてみてくださいね。
( ´ ▽ ` )ノ
『ダウントン・アビー/グランドフィナーレ』本予告