人が生きるとは?

人が生きるとは?

【人が生きるとは】2014年writing

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“身体の中に魂を宿し、私たちは何をしに来ているのでしょうか?”

 

こんな風に問いかけると、「何かの宗教ですか?」と白い目で見られそうですね。

宗教というカテゴリーには色々な意味合いを持ちます。

 

私の考えでお話しますと宗教を取り入れる心理は誰かに認められることで存在価値を得る、生きる補佐(指針・道しるべ)をしてもらいたくなるほど生きる事は大変なのだと大まかに捉えています。

もちろん国や家族の影響であったり他の理由で参加している場合もありますね。

私個人の考えは宗教と関わる事は批判も肯定もありません。

 

生きる事が大変だから人それぞれにやり方があると理解しているのです。

ですから日本は無宗教に近いためスピリチュアルや癒しが流行るのもなんとなく分かります。

それほど一人で考えて生きる事が大変なのです。

 

良くお見受けする言葉に、「一人で何も出来ない奴はだめだ」なんて言う方がいらっしゃいます。

誰かに頼って生きる事は弱いわけでは無いのです。それらを否定する人こそ、何らかの問題を抱えています。

例えば自分に厳しくしないといけないと思っている。自分を認められないから他人が誰かを頼っている姿が受け入れられないなどです。

 

私たちは人として生きるため社会というグループで生きるようプログラムされています。それらを上手く使ってみると良いでしょう。

基礎システムがそうなのに一人で黙々と頑張らないと行けないと思うのは不自然なのです。

 

陸用の自動車が海の底に頑張って潜らないといけないと思っているのと同じです…

 

 

 

では最初の問いかけに対してみなさんはどう思われますか?間違いや正解はありませんが、その意見こそ今の課題が浮き彫りになる証拠なのです。

 

どうしてそのような発言(答え方)になったのか?一度考えてみましょう。

そして分析するのです。これが自分自身を客観視して「内省」するという意味に繋がります。一人の時間、時々考えてみてください。毎日考えたら精神がおかしくなるのでやめてくださいね!(;’∀’)

 

私たちは「体感」をしにこの世界へ運ばれます。修行の一環です。

 

だから辛い事やしんどい事が絶対待っています。

生まれた時から泣きながらスタートするんですよ・・・人生の仕組みそのものです。「なぜこんなに辛いんだろう・苦しいのだろう」と一度でも考えた時があるでしょう。

 

そんな時は考えても答えが無いのです。だって体感をするためにここに居ますから苦しい事、辛い事全て体感するような流れなのです。

先程の例にたとえると車が「なぜ走行するのだろう」と考えるのと同じです。

 

辛い時・苦しい時は必ずあると理解しそうなった時に、まず心が楽になる様に環境を整えるか状況を変化させるなど自分自身が楽になる対策を行動するのが一番です。

これはカウンセリングの方法の手段でも基礎となっています。落ち着ける状態になってからまともに原因追求や次への展開を考える事が出来るのです。

 

いつまでも辛い体感を続けていると身体や心が壊れてしまいます。

それほど心や体は強靭に出来ていません。これらはみなさん自身がよーーーくおわかりになられていらっしゃると思います。

 

さて生きる事は苦しいだけの体感ではありません。

愛おしい感情の体感、嬉しい・驚く・怒り・憎しみ・・・沢山の感情の体感を重ねて行きます。喜怒哀楽という象徴の言葉も存在します。

これらはどんな人間であっても同じ基本型です。このような感情や経験の体感をするというのが答えの基礎になるでしょう。

 

 

そのうえで一人ひとり持っている「人生の課題」「人生の役目」「性質」など積み上げられているお約束事を果たす様な毎日が繰り広げられるのです。

 

人間って面白いんですよ。動物の様に生きるだけでは無く知性・創造・欲・・・いろいろな組合せというスパイスが混じっています。

時々欲が目立って、こんな時は理性が良く働き・・・など人間って様々な成長過程でも打ち出す影響が異なり日々変化をしてゆきます。不思議な生き物です。

 

 

だから魅力的という言葉にも「人の持つ全て」を指すという違う意味にさえ聞こえてくるような気がします。

そういった観点から見ると日本で育った方にはもっと、自己を解放するのが良いと思います。

喜怒哀楽を堪能するとしたら、嬉しい事は全開で喜ぶ→謙遜 腹が立ったら表現する→忍耐 悲しい事が起きたら→自己解決 楽しむことを満喫する→堕落 日本の文化のようなことであり裏目に出た場合、記載の様に行動する傾向が強いのではないでしょうか?

 

時代の背景や取り入れている教育にも作用しますが、みなさんも上記の様に4つの感情を抑えたり自分でなんとかしていませんか?

 

体感として理にかなうかもしれませんが社会で生きている事を忘れがちになりますし、一つの感情だけに偏りやすくなります。悲しみが起こった場合、他に頼りサポートされる事で喜びの感情がやってきます。

怒りの感情を吐き出した時、案外あっさり状況が好転し楽しく感じられる環境に変わることもあるでしょう。そうしてひとつの感情に捉われず次への感情へ移り変われることが理想です。

人間の仕組みに「飽きる」「当たり前」というシステムが備わっていますからひとつの感情に固執しないように良い意味も悪い意味も含まれて立派な構造になっているのです。

必要なことは私たちに全て備わっています。だからこそ他の人生や性質を羨むのでは無く今の自分自身を見つめ感情・本音と向き合い「今出来る事をする」だけなのです。その為に他に頼ったり社会というグループで成し遂げればいいだけです。

(中には課題の時期によって一人でやらなければならない時間も持つことがあります)

 

生きるということに対してシンプルに捉え感情を大切にしてみてください。頑張るだけでは生きる意味に繋がらないことを知り、活き活き生きることは自分にとってどういうことか過去を照らし現在を見つめ、未来に活かすのです。

 

私たちは生まれてからタイムリミットへのカウントダウンを始めています。だからこそ毎日が充実感に包まれ、いつ時が止まっても後悔しない生き方を要されます。

※充実感とは楽しいばかりでは無く苦しい事を得ても満足・納得していることを指す。

みなさまが生きる中でどういった道を歩まれるかさえも選ぶ事ができるのです。

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